家康のプロレス人生

イエツァー基準で試合を★で評価するプロレスブログ!

【内藤哲也がレインメーカー“ショック”の後に挑戦表明した日に思うこと・・・ | 新日本プロレス】

2012年2月12日、大阪でレインメーカー“ショック”という大事件が起き、新日本プロレスが大いに揺れている中、何も知らずただ黙々と働き過ごしていた家康。


 

『新日本プロレスワールド』というサービスが2014年12月1日となっているので、

当時の知識では今みたいに後で観ようとも簡単に観れない時代だったと思います。

 

 

・雑誌を買う

・かなり深い時間帯の『ワールドプロレスリング』を観る

・YouTubeなどで検索して観る

 

 

と・・・探せば色々あったでしょうけど、当時はプロレスの「プ」の字も頭にございませんでした。

 

 

申し訳ございません。

 

 

完全に後乗せサクサクファンでございます・・・

 

 

そこで、昨日レインメーカー“ショック”が起きた日の映像を確認し思ったこと。

 

 

・その歴史的瞬間を味わいたかった・・・

・会場からのブーイングとギラギラしたオカダ・カズチカの目が、今のジェイ・ホワイトに似ている。

・「あれっ!」最後、内藤哲也が大会を締めちゃったぞ???

 

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(出典:新日本プロレス公式)

 

レインメーカー“ショック”が起きた後、リングに現れたのは前の試合の スペシャルシングルマッチで中邑真輔に勝利していた内藤哲也。

  

内藤 「レインメーカー?このリングに金の雨を降らす?何でもいいけどよ、オカダ・・・調子にのんなよ。オカダの初防衛戦の相手は、この俺だ!オマエ、3月4日(後楽園ホール)、必ず潰してやっからな。」

(出典:新日本プロレス公式)

 

この後、レインメーカーは不敵な笑みを浮かべて外道さんと共に退場。

 

残された内藤哲也は・・・

 

内藤「俺の、俺の、20代でのIWGPヘビー級チャンピオンという目標、もう時間はないけど、必ずその目標を達成し、俺がチャンピオンとしてここ大阪に必ず戻ってきます!そのとき、そのとき、もし俺が不甲斐ない姿だったら、おっきいブーイング、大ブーイングしてください。ただし、ただし、俺がチャンピオンとしてふさわしい姿でここに戻って来た時は、おっきい、大、大『内藤』コール、よろしくお願いします!今日は、こんな超満員のお客さんの皆さんの前でプロレスできて、俺、スゲェ幸せでした!スゲェ興奮しました!今日は皆さん、ありがとうございました!次回も、大阪府立体育会館、超満員、皆さんよろしくお願いします!ありがとうございました!」

(引用:新日本プロレス公式)

 

この後、棚橋弘至の背中を追うかのように会場のお客様とハイタッチを交わして退場。 

 

この有名なマイクアピールが引き金となり長期間、大阪では『ブーイング』を浴び続けるという悪夢を見続ける事になってしまう内藤哲也。

 

 

 

もし・・・あの時

 

 

思ってもしょうがないのでしょうけど・・・

 

 

・コメントのニュアンスが違っていたら・・・

・大乱闘になり最後、レインメーカーまたは外道さんが締めていたら・・・

・棚橋弘至が勝っていたら・・・

 

 

内藤哲也は苦しい想いをしなくて済んだ。

 

 

この世に生まれてくる可愛い子供たちは全員、必ず苦しい想いをいつか味わう。

 

 

そんな苦しい想いをするために、この世に生まれてきたのかと思うと理不尽な気持ちしかありませんが、しかし、それがあったからこそ、その苦しみの分以上の良い事が跳ね返ってきた内藤哲也。

 

 

もう意味がわかりませんよね?この世のシステム。

 

 

そして、そこには諦めなかったからというものが付け加えられる事でしょう。

 

 

その『諦める』?『諦めない』?のさじ加減って非常に難しいですよね~