家康のプロレス人生記

プロレスと戦国時代ファンが最近のニュースやトレンド、身近な出来事を独自の視点でつぶやく人生記!

【内藤哲也のロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンを支える現代の「パーフェクト・コントロール」 | 新日本プロレス】


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木信悟が石森太二を下し見事、決勝の舞台である両国国技館への切符を手にしました。決勝で対戦する事になるのは、いったい誰になるのか?そして誰が優勝するのか?そんな野暮な話は抜きにして優勝は・・・

 

 

鷹木信悟でしょう…

 

 

初戦のSHO戦では、その後の勝敗を分ける代償を負ったものの、蓋を開けてみればAブロック全勝・・・

 

このままの勢いで全勝優勝は間違いなし。で、その後はジュニアの枠を飛び越え、インターコンチのベルトに標準を合わせているドラゴン。

 

www.tokyo-sports.co.jp

 

と・・・なるとドミニオン以降、ジュニアのベルトに挑戦するであろう髙橋ヒロム、IWGPとICの2冠を目論む内藤哲也、その内藤哲也が万が一ドミニオンで失敗しても(考えたくはないですが…)鷹木信悟が控えている状況が見えてきます。

 

一時は全員がベルトを保持したロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン( L・I・J )も気づけば一人もいない状況に。そこに鷹木信悟と髙橋ヒロムという起爆剤が加われば一気に加速し、再び「L・I・J」に活気が戻ってくる予感が致します。

 

もちろん内藤哲也も。

 

 

 

ここで思う事は・・・

 

EVIL、BUSHI、SANADA、髙橋ヒロム、鷹木信悟と、これだけ個性的な選手、独り立ち出来そうな選手を抱えながらも、何故「裏切り」行為が起きていないのか?( ジェイ・リーサルの追放はあり )

 

これは起きて欲しいという事ではなく、

  

本家はメキシコにあるものの、やはり「L・I・J」の創設者である内藤哲也がユニットを上手くコントロールしているという事が大きいと考えます。

  
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制御不能、自由奔放と掲げながら、しっかり試合中にルールが設けられている「L・I・J」。

 

・入場時は誰であろうと、今もっとも旬な選手を最後に持って行き、場合によっては全員揃うまで待機する事。

 

・試合中は、ほとんどリングの下で待機し、ここぞ!という時は全員で一気に攻める事。

 

・反則行為はするが、それはフィニッシュには繋げない事。( ちょっと心配 )

 

・試合に関係のない者は介入しない事。( 介入された時の手助けはOK )

 

・試合後、勝利した者が最初に拳を突き上げポーズをする事。

 

・ファミレスでの会計は割り勘の事( たしか… )

 

 

等々、これらが自然に出来上がったルールなのか?皆で話し合った事なのか?は分からないで勝手に書いておりますが、少なくともそういうユニットを目指しているという事だけは創設者の想いの中には必ずある事でしょう。

 

こういうルールがしっかり定められている、守られているという事で、約4年間「裏切り」行為も起きず、いまだに人気を保っている秘訣なのかもしれません。

 

 

 

何故・・・

 

こんな内容になったのか?と言いますと最近、視聴した動画が影響しています…

 

中田敦彦のエクストリーム授業

  


【日本史第8弾】江戸時代完結編!徳川家康のパーフェクトコントロール・徳川幕府の歴史から令和時代にも役立つビジネス術を学ぶ・そして明治時代へ

 

堅苦しい日本の歴史を現代風に楽しく、そして普段のビジネスの中でも役に立つかも?という内容でオリエンタルラジオの中田敦彦さんが熱弁しております。これ・・・

 

 

メチャメチャ面白くて分かり易い!

 

 

出来れば戦国時代からの第6弾からの視聴をお勧めします。もちろん徳川家康だからというのもありますが・・・

 

それだけではなくて現代に舞い戻ってみて、普段の職場で…そしてプロレスでは内藤哲也率いる「L・I・J」が何故、仲間割れや裏切りが起きないのか?というヒントも隠されていると思っています。

 

歴史と今、そして「プロレス」を重ね合わせてみる事によって更にプロレスが面白くなってくるのではないでしょうか?

  

しっかし、こういう「プロ」が、これからYouTubeに参入してしまうと、素人の新規参入が本当に厳しそうですね。

 

非常に面白い内容となっておりますが、、、

 

 

 

一つだけ修正箇所がございます。

 

こういうのがコメント欄に溢れかえるので大変とおっしゃっていますが・・・

 

第7弾での徳川家康が理不尽な理由で仕掛けたとされる「大阪夏の陣」

 

ja.wikipedia.org 

 

 

 

これにはしっかり理由がございます。

 

 

豊臣秀吉亡き後、息子である豊臣秀頼が後継ぎとなっておりましたが、実質実権を握っていたのは秀吉の妻である淀殿。

 

気が強くプライドの塊であるこの女性は、しばしば感情に任せた政治を行う事がありました。

 

「平和な世の中」、「戦の無い世の中」を目指していた徳川家康にとって、「戦」も「政治」も知らない淀殿は正直、困った存在でした。これは、他の武将も同じと言われています。

  

それでも、織田信長であったら即刻処分される立場にいた淀殿を( 関ヶ原の戦い、大阪冬の陣 )散々見逃してきた徳川家康。

 

当時、いち早く忍者という監視カメラを放っていたいた徳川家康。大阪夏の陣の頃の大阪は、浪人で溢れ酷い政治状況だったとされています。

 

それでも秀吉の財産で男と遊ぶ毎日の淀殿。

 

 

だから攻め滅ぼした

 

 

一説には秀頼と淀殿は助けたかったとされていますし、こういう経緯が端折られおもしろおかしく紹介する番組が多いのは事実です。

 

この時、秀頼と淀殿に任せていたら今の日本はどうなっていたでしょう?

 

本当にただの「悪だぬき」であれば泰平な世の中を目指していた織田信長、豊臣秀吉の下で長い間、従う理由はなかった。

 

全ては日本国の泰平の為に…

 

その後、特に大きな争いは無く約260年続いた徳川幕府。

 

 

「L・I・J」も・・・

 

 

徳川幕府同様、内藤哲也が、例え去ったとしても、その意思を受け継ぐ者が現れ半永久的に活躍し続けるユニットとなる事でしょう。

 

 

 

 

 

 

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